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屋久島高校演劇部顧問の上田美和先生とは

屋久島は鹿児島県にある離島で、1993年に白神山地とともに自然遺産として日本ではじめて世界遺産登録リストに登録されました。

この屋久島に唯一ある県立高校が鹿児島県立屋久島高等学校です。

屋久島高校は演劇部の甲子園と言われている全国大会で2位と言う成績を修めました。
と言ってもそれまで演劇の名門校だったのではありません。
演劇部の顧問である上田美和先生が屋久島高校に赴任した当時、演劇部は廃部寸前でした。
部員を集め、脚本を書き、演出も担当している上田美和先生とはどんな方なのでしょうか?

上田美和先生プロフィール

大学卒業後、出版社勤務を経て国語教師となる。
鹿児島本土の高校で、演劇部の顧問に抜てきされたことで、高校演劇の世界に魅了される
18年間にわたり、さまざまな高校で演劇部の指導にあたる。
5年前にご主人とお子さんたちを本土に残して屋久島高校へ赴任、現在、単身赴任中。

屋久島高等学校演劇部とは

上田美和先生が屋久島高校に赴任した5年前、当時の演劇部の部員はわずか1人、廃部の危機に瀕していました。
そこから部員集めに奔走し、声出しの練習から始めたそうです。
上田美和先生が赴任して3年目、屋久島の自然を国の伐採事業から守ろうとした人々の物語『ジョン・デンバーへの手紙』で廃部寸前だった演劇部を全国2位にまで導きました。

『ジョン・デンバーへの手紙』とは

作品『ジョン・デンバーへの手紙』は上田美和先生が実話を基にして作られたオリジナル脚本です。
上田美和先生が屋久島の過去の歴史を少し掘り下げたいと思っていた時に、偶然、島全体が林業に沸き返る昭和53年に『屋久島からの報告』という映画を作り、国の原生林伐採に反対された当時の屋久島高校の教諭だった大山勇作さんのことを知りました。
直接、大山さんにお会いし話をされた時に、映画の中で使用する楽曲についての興味深いエピソードを伺ったそうです。
それは「カントリー・ロード」の作曲家としても名高いアメリカのカントリー歌手ジョン・デンバー氏に直接手紙を書いて、無料での楽曲使用の許可を取りつけたという話でした。
そのころ無名であった鹿児島県の小さな島と、外国の大物歌手との取り合わせが何ともミスマッチで、また大山さんの人柄に触れ、お話を伺いながら、不器用ではあるが故郷をこよなく愛する一人の青年教師の姿が浮かんできました。
そこから、島に留まり懸命に故郷の自然を国の伐採事業から守ろうとする人々の物語が出来上がったと言うことです。